安定生産とロール品質を確保するために、ウェブ製品ごとにトラブルが発生しない巻取条件が設定される。この条件設定に巻取モデルを活用する場合、ウェブ物性の正確な評価が不可欠である。この評価が適切でないと、理論予測の精度が大幅に低下する。ここではウェブの物性評価の重要性および試験片サンプリング時のポイント、さらにトピックとして理論を活用する技術者に必要なスキルを紹介する。
はじめに
ウェブの種類や特徴によって最適な巻取張力が異なる。これにはウェブ固有の物性が関係している。
柔軟で薄膜な材料であるウェブは、包装資材、ディスプレイ、自動車・電池などの部材、さらには半導体や電子部材の加工補助など、私たちの生活や産業に広く利用されている。代表的な分類としては、紙、プラスチックフィルム、金属箔、織布・不織布、そして異種材料を貼合したウェブや表面塗工したウェブといった形態が挙げられる。さらに同じ分類内でも、原料や加工条件の違いにより多様なウェブが存在している。
ウェブの機能・品質を確保しつつ、生産性や安定性を担保する巻取張力の設定が重要となる。この張力は生産速度、ウェブ幅や巻き長を前提に、巻取り時だけでなく輸送・保管、さらには次工程での繰り出しに至るまで、巻取りロールにトラブルを生じさせないことが求められる。多くの場合、張力設定は現場の経験則にもとづいており、熟練者になると感覚的に適切な条件を選定しているかもしれない。
ただし、経験的知見が必ずしも他の製品にそのまま通用するとは限らない。例えば、紙製品とプラスチックフィルム製品では巻取条件が大きく異なる。紙製品の場合、プラスチックフィルム製品と比較して巻取張力は数倍~1桁程度高く、張力テーパの考え方も異なる。同じ分類内であってもウェブ製品の特長(ウェブの材質や平滑性、塗工層や貼り合わせの有無、表面粗さなど)によって最適な巻取条件は異なる。こうした相違の本質は“ウェブ固有の物性”にある。
各種ウェブにおける理論予測値
ウェブ物性が異なれば、巻取条件が同じであっても理論予測値は同じにはならない。
各種ウェブを対象に、Hakielモデルをもちいて、同一条件で数値解析したときの半径方向応力の結果をグラフに示している。巻取条件は張力を100N/m(プラスチックフィルムで標準的な値)、コア外半径を45mm、コアの構造ヤング率を470MPaに設定している。ウェブとして、紙にはライトコート紙とファインコート紙と新聞紙、プラスチックフィルムには低密度ポリエチレンとポリプロピレンとポリエステル、金属箔にはアルミニウムを設定した。ここで、各ウェブの物性(ここではウェブ厚み、巻取方向ヤング率と厚み方向ヤング率)は、橋本巨著「ウェブハンドリングの基礎理論と応用」p.167の表の値に設定している。同ページには“あくまで参考値であり、ウェブの厚さや表面粗さなどの大きさに強く依存する。したがって、必要に応じてその都度測定をするのが望ましい。“と記述されているが、その通りである。
左のグラフより、ウェブの分類で半径方向応力の値を比較すると、プラスチックフィルムは高く、紙や金属箔は一桁低い。右のグラフもあわせてみると、同分類であってもウェブの材質によって異なることがわかる。ウェブ物性に起因した結果である。
以上より、安定生産やトラブル改善のためには、ウェブ物性を把握し、巻取ロールの品質に与える影響について理解することが好ましい。これが実現できれば、製品の特徴にあわせた最適な条件設定がより容易になるだろう。
巻取理論におけるウェブ物性の位置づけ
巻取理論の信頼性を確認する検証実験では、ウェブ物性の“適切”な数値化・数式化が重要項目の1つである。
巻取りロールの品質を定量的に評価するため、研究機関や一部企業を中心に巻取りモデルの高度化・高精度化が進められてきた。巻取理論の論文の中には、巻取りモデルの妥当性を実験的に検証されているものもある。代表的な論文は以下のとおり。
- J.K. Good and S.M. Covell, “Air Entrapment and Residual Stresses in Rolls Wound with A Rider Roll” Proceedings of the Third International Conference on Web Handling, (1995), pp. 189-204.
- 佐々木将志, 谷本光史, 河野和清, 高橋定, 米谷秀雄, 橋本巨, “空気巻込みを伴う巻取りロール内部応力に及ぼすニップロール表面溝形状の影響,” 日本機械学会論文集(C編), 72巻, 717号, 2006, pp. 1644-1652.
- W.R. Qualls and J.K. Good, “Thermal Analysis of a Round Roll,” ASME Journal of Applied Mechanics, Vol. 64, No. 4, December, 1997, pp. 871-876.
- 神田敏満, 橋本巨, “プラスチックフィルムの粘弾性特性を考慮した巻取りロール内部の熱応力解析(第2 報,熱粘弾性モデルとその実験検証),” 日本機械学会論文集(C編), 77巻, 783号, 2011, pp. 4239-4253.
実験検証では、さまざまな条件において取得する半径方向応力の理論予測値と実験値を比較する。これらの結果から研究している理論の妥当性を検証する。一致すれば理論研究としては成功である。一致しない場合、以下の4つの原因について、どこに課題があるかを考え抜くことになる。これが理論研究の実務である。恩師の橋本巨先生からは「実験的に検証されていない理論は信頼性に欠ける」といった指導をされていた。
- 理論構築の誤り(学術的な問題)
- 数値計算の誤り(プログラミング上の問題)
- ウェブ物性値の不適切さ(測定・評価上の問題)
- 実験値の不適切さ(実験状況や応力測定手法の問題)
ウェブ物性は理論計算のために数値化・数式化される。ウェブの物性値を適切に評価するには、「ウェブの気持ちになって考える」がポイントである。ウェブが巻き取られる直前の状態や巻き取られた後の状態、および受ける刺激(応力やひずみ)の範囲を想定し、測定・評価することが重要になる。
ここで、巻取理論の論文は、数式などの理論展開に関する記述が多くを占める。その結果、実験検証に適用するウェブ物性の測定・評価方法について詳細に記述されることはほとんどなく、ノウハウとして蓄積されていることが多い。
一方、安定生産やトラブル改善のために巻取理論が活用されるケースにおいて、理論予測値が現実とあわないといった話を耳にする。ウェブ物性値が適切に評価されていないことが原因かもしれない。条件にもよるが、物性値が不適切であると、理論予測値が2倍や半分、あるいはそれ以上になることがある。
つまり、ウェブの物性値を“適切”に数値化・数式化することは、非常に重要である。
理論計算に適用されるウェブ物性
巻取理論にもとづいた数値計算に用いられるウェブ物性
巻取りロールの内部状態の理論計算に用いられる主なウェブ物性は次のとおりである。
主なウェブ物性
- 円周方向ヤング率(巻取方向のヤング率)
- 半径方向ヤング率(ウェブ厚み方向のヤング率)
- ポアソン比
- 静摩擦係数
- 表面粗さ
- 線膨張係数
- クリープコンプライアンス(粘弾性特性)
※リンクのある物性は測定方法や評価のポイント、計算例をあわせて紹介している。
試験片のサンプリング
試験に用いるウェブのサンプリングには配慮が必要である。
試験片としてウェブをサンプリングする場合、巻き取られた後になることが一般的である。このとき、巻き取られる直前の状態であることが好ましい。一旦巻き取られると、ウェブには巻取りロールの内部応力が負荷された状態になる。
半径方向応力はウェブの厚み方向に作用するため、ウェブの表面の粗さ突起(プラスチックフィルムや金属箔)や内部構造(紙や織布・不織布)が潰される。この影響は、図中の半径方向応力の典型的な解析結果のように、コア近傍で高く、最外層で最も低い。したがって、ウェブ潰れの影響が懸念させる半径方向ヤング率や表面粗さの評価には、最外層側のウェブをサンプリングして用いるのが好ましい。
その他の物性に対しても同様に、巻取りがどのように影響するかを想像してサンプリングし、必要に応じてサンプリング後に処置すると良いだろう。円周方向ヤング率において粘弾性特性の影響を抑えたいとすれば、サンプリング後に一定時間放置すればよい。
理論を活用する技術者にとって必要なスキル
現実をしっかり把握し、真実を見極めるスキルが必要不可欠である。
理論研究してきた先人たちの尽力により、巻取りで起きている現象を体系的に理解できるようになった。その結果、巻取理論はトラブル改善などで実用されるレベルに達している。もちろん巻取理論は完ぺきではなく、理論と現実が乖離することはよくある。この原因はウェブ物性値の不適切さの他に、理論で考慮していない現象や外乱、想定外によるものがほとんどである。
例えば、巻取ロールが振れ回り(回転中心のズレ)しているとする。これは理論で考慮していない現象や外乱であり、巻取張力やニップロールの接触が不安定になってトラブルを誘発する。つまり、振れ回りを抑制できれば理論で仮定している状態に近づけられる。その結果、理論によって巻取ロール品質のコントロールがしやすくなる。
輸送・保管の過程で巻取ロールが想定外の環境にさらされることがある。温度をコントロールしたコンテナでの船便輸送を例に挙げる。コンテナ内は一定温度でかもしれない。しかし、コンテナへの搬入前や搬出後に屋外放置されたらどうであろう。このときに気温が著しく高いあるいは直射日光を受けることで、巻取ロールの温度が上昇してトラブルが顕在化する場合がある。ポイントは巻き取ったときの温度と差であり、陸上輸送でも同様である。これらは見落とされがちである。輸送環境の実態把握や理論計算・実験をもとにしたリスクレベルを評価し、必要に応じて対処すればよい。
理論を活用する技術者は、現実をしっかり把握し、真実を見極めるスキルが必要不可欠である。
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